大阪市政調査会
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サービス過剰社会日本の公共サービス

 宮本 よい公共サービスとは何なのかを考える場合、ちょっと誤解されているところがある、すなわち日本は過剰なまでのサービス社会だと思うのです。北海道に住んでいてよく飛行機に乗ります。スウェーデンにはスカンジナビア航空で行ったりします。そうするとサービス文化の違いをすごく感じるのです。日本でキャビンアテンダント、私たちの世代ではスチュワーデスといったほうが感覚的に合うのですが、日本のスチュワーデス、キャビンアテンダントはみていて痛々しい。微笑みを絶やさず、離陸直後から背筋をピンと立てて、どこかでボタンが押されれば1分以内に飛んでいく。日本の乗客の多くはかなり忙しい暮らしをしているビジネスマンで、自分たちも顧客サービスに必死だから乗客になったときのわがままぶりがすごい。1分以内に飛んでこなかったらすぐに文句をいうし、隣の客にジュースを配って自分のところにもってこなかったら「何事だ」とたてつくし、真面目そうなサラリーマンが何か豹変してわがままになるのです。スカンジナビア航空に乗るとちょっと違っていて、離陸直後は結構忙しく働いていますが、フライトが安定するとみんな後方に集まってジュースなどを飲みながらキャーキャーいって楽しんでいます。おそらく日本でああいうことをやったらとんでもない騒ぎになると思います。何がいいたいのかというと、よく考えてみると、微笑みを絶やさずピンとしていて、その結果疲れ果て安全管理のサービスがいい加減になったりすれば、それは乗客のニーズをないがしろにするとんでもないことだと思うのですが、日本のサービス社会のなかで生きているとどうしてもそういう感じにはならない。コンビニなどでも声かけというのでしょうか、客への声かけを店員全員で唱和するわけですね。
 そういうなかで、役所に行くと何となく素っ気ないという感じがする。役所も最近ずいぶんと変わってきて、もちろんサービスの中身をよくするのは悪くはないのですが、この頃病院が「患者様」というような感覚でにこにこしてくれて、このままいくとマクドナルドのカウンターのように「住民票1通でよかったでしょうか」と首を傾げてにっこりしてくれるような役所になっていくのかな、そして住民はそれを喜んだりするのかなと思ったりするのです。民間のサービス業の過剰サービスのあり方そのものがどうなのか、サービス産業のサラリーマンがサービス過剰社会そのものに疲れている部分があると思っているのですが、住民は役所に同じことを期待したり要求したりする。しかしそれは決して良質なサービスとはいえないだろうということです。
 ニーズというのは当事者にもよくわからないものであって、とくに役所や病院、学校などにかかわるニーズというのはその当事者にもよくわからないから何とかしてほしいというものだと思うのです。そのニーズをきちっと拾い上げることは結構たいへんです。たとえば、いまヨーロッパの国々は保育にものすごくコストをかけています。それは何もヒューマニズムではなくて、これからの社会は子どもたちが一つの技術を手にして生きていける社会ではない。技術はどんどん陳腐化していきますから、長い人生のなかでつぎつぎに新しいことを覚えていかないといけない。そういう基本的な能力を幼児期に養うためにはそれなりに保育にコストをかけないといけないということで、すごくお金をかけています。ところが日本の保育所の民営化は労働力コストを引き下げるだけ。そこで失われるニーズとは何だろう。安い労働力は賃金の低い未熟な保育士になりがちです。そこで見失われるニーズ、長い人生のなかで子どもたちがいろいろなものを吸収しながら生き抜いていく、そうした基礎的な能力が失われた場合その子どものニーズは失われてしまうことにならないのか。
 もちろん、子どものニーズはこんなものだと上から決めつけることも決してできないわけです。そうしたなかで良質なサービスはどうやって提供されるかといえば、結局はコミュニケーションの密度だと思うのですね。さきほどいった、小首を傾げて笑顔で応対する窓口のようなものを求めるのとは異なるニーズの表出の仕方を市民がどれだけ会得するのか。そういうニーズ表出をしっかり受けとめる行政の態度がどのように涵養されていくのか。それは一筋縄ではいかないけれども、その場は一つのベストミックスというのがあるのだろうと思います。ミックスというのはとにかく混ぜるということですが、行政とNPOと民間市場、あるいは家族が、それぞれのいいところを結びつけ合うのか悪いところを結びつけ合ってしまうのか。これまでの措置制度における高齢者サービスは悪いところを結びつけ合ってきたところがあって、行政は社会福祉法人に対して、施設のスプリンクラーの数だとか1人あたりの居住面積だとか細かいことにやたらと文句をいう。社会福祉法人もそれに萎縮してどんどん受け身になってNPOらしさを失ってしまう。その結果サービス自体が面白くないものになって、その間隙をぬって、すごく高いお金をとってすごく豪勢なサービスを提供するところがあらわれたりしている。つまり行政は基本的に経費と枠組みを提供する、そしてそのなかでNPOが本当のニーズに耳を傾ける。そのなかで余裕のできた家族が愛情空間としてお互いを支え合う。そういういいとこ取りのミックスをどう実現していくのか。おそらくベストミックスというのはコミュニケーションが密で、表出されていないニーズを掬い上げるものだと思う。しかし、やはりまだよいサービスというとデパートのようなサービスになってしまう。そこをどう乗り越えていくのかということがポイントなのだろうと思います。

取り組みのなかに施策のヒントが

 住友 市民のセーフティネットというテーマに関連づけていうならば、当初は同和地区限定でしたが、青少年会館の事業はまさに子どもの教育や保護者の子育て支援、あるいは地域社会での文化活動など、ある種先駆的なセーフティネットづくりの実践であったと思います。かつて青少年会館事業でやってきた取り組みとその成果のなかには、いまこそ全市的に、あるいは他市にも拡げていくべき普遍的なものが、いっぱい詰まっていると思うのです。また建物だけではなくて、あそこで取り組んできたソフトの部分にもいっぱい財産があると思っています。それを断ち切られるのが本当に辛いし、地域の古い話なども地元の方々から聞き取りながら、それをいまの施策にどう活かすかという勉強をさせてもらいたいと考えていた折でしたから、本当に残念でなりません。これからの生活困難層の人たちに対するさまざまな取り組みを考えるうえで、青少年会館事業には普遍性をもった実践や施策のヒントが詰まっていると思っています。私自身は、いま地元で何とかしなければと思っている人たちとともに考えていく取り組みを3カ月ほど前からはじめたところです。この取り組みがこれからさき軌道に乗るかどうかわかりませんが、これまでやってきたことを、何とかしてつぎにうまく継承できるような取り組みができればということを考えています。
 福原 ありがとうございました。外国人労働者に対するセーフティネットのあり方について、上野谷さんいかがですか。何か示唆をいただければと思いますが。

大阪に問われる住民自治力

 上野谷 示唆ということではありませんが、私がかかわりをもっている島根県松江市は人口が20万人を切っていますが、合併して28の小学校区があります。それぞれの小学校区に公民館がありまして、そこに地域保健推進職員、市の嘱託職員ですが職員を配置して、要するに福祉と保健の合体した仕事を小学校区単位に行っており、その職員の人事推薦権は地区がもっています。そのような仕組みをつくっており、小学校区ごとの住民懇談会を年間6回も7回も開催しています。それぞれの地区によって異なりますが、さまざまな精神的な病を抱えている人、数はそれほど多くありませんがニューカマーの人もふくめて、とにかく「暮らし人」が集まって話し合う。そしてその話し合いの記録を住民がビラにして配布する。その書き方もたいへん上手です。地区ごとに自分たちでお金を集めて活動も自分たちでするわけですね。そういう懇談会を何回も重ねたうえで全市的規模のフォーラムを開催する。地域福祉計画の策定の際も地元の集会と全市的集会を重ね合わせながら策定していきました。これが住民自治ですよね。
 残念ながら大阪市では、そのことの意味をなかなかわかっていただけなかった。やっても一緒というような感じでした。それはとてもしんどいことであり、懇談会やワークショップの仕方など一定の技法も必要とします。しかしやってもらわないといけないわけです。ワークショップをしながら住民自治を高めていく力も必要だし、ビラをつくる力がなければ訴えられませんよ。市民としてビラまきもできません。大阪市内でこれだけ技術や知識をもった市民がいながらなぜ協力ができないのか。なぜお金を貰わないと動かない人が増えたのか。堕落していったのはこの30年ですよ。そういう意味で、もう一度つくり直すことが必要ですが、大阪にはそれをやれる底力があると思いたいのです。
 ありむら 以前、釜ヶ崎の住民とは誰かという議論をしたことがあります。問題ごとに当事者度の濃淡はもちろんあるのですが、仕事をしている人、住んでいる人、ボランティアにくる人、研究にくる人の皆がまちづくりにおいては当事者である。ホームレス支援の世界で、よく当事者と支援者という息が詰まるような関係ができて関係が壊れていくというところがあるのですが、まちづくりのビジョンをつくって、そこにそれぞれの立場でむかっていこうという方法論です。たしかに弱い立場の人もいるのですが、それでも参加できるように支援をしながら、というようになっています。そういう関係づくりが、人びとがつながっていけるヒントかなと思いました。

信頼関係をどう構築するかも課題

 福原 ありがとうございました。時間も迫ってまいりました。私もまとめをかねてコメントをしたいと思います。「どうつくる、市民のセーフティネット」をテーマに開催された本日のシンポジウムですが、「現場力」と「支え合う」関係づくりということが議論の大きな柱になったかと思います。
 この間、障がい者、生活保護受給者、また母子家庭にも、さらにはホームレスに対する支援のなかで、稼働能力をもっている人たちに対してですが就労を軸にした自立支援が持ち込まれました。そのことによって、自治体のそれぞれの現場においては、国がいうようなかたちでの支援はうまくいかないという壁にぶちあたっているかと思います。
 たとえば生活保護についていえば、いろいろな工夫を凝らしてきわめて多様な支援の枠組みをつくっている自治体もあれば、北九州市のように「3カ月経過したら生活保護を打ち切る」と事前に念書を書かせ、その結果、餓死者がでてしまうという、かなり多様な状況があるわけです。そうしたなかで大阪市は、今日は大阪市政についての批判があいつぎましたが、生活保護の仕組みについては比較的評価の高いものをつくっているといわれています。私もそうだと思っていますが、逆に現場でそれがうまく使いこなせているかどうかというと、非常によく使いこなせるところとそうでないところとの落差が大きい。「現場力」をもっているところともっていないところが、同じひとつの自治体のなかで存在している。これを打ち破っていくことも課題かなと思っています。
 関連して、就労上のさまざまな困難を抱えている人たちに対して、大阪府下の全市町村で地域就労支援事業が5年前から行われていまして、もちろん大阪市もこの事業をやっています。この事業の非常に興味深い点は、就労支援の担当者をコーディネータ、調整役と命名しており、就労支援ですから就職先を探してきて紹介するのでハローワークと同じような機能を想像しがちですが、あえて調整的な仕事に徹するという原則でつくられています。要は相談をうけるということですね。相談1回ですぐに仕事がみつかることもあるわけですが、往々にしてそれぞれの当事者がもっているいろんな悩み、専門的には阻害要因と呼んでいますが、本人も自分のもっている悩みが何なのかわからないけれども、でも就職したい。しかし、就職の面接をうけてもいままですべて門前払いされてきたという経歴をもった人たちがもう行き場をなくして、ここに相談にきたというケースがあります。彼らはさまざまな困難を抱えながら、それを他人に語ろうとしません。したがって、コーディネータと相談にこられた人とは信頼関係、一緒に対等の立場で就職を考えていこうという関係をつくる活動を行います。
 大阪市内のある区の生活保護を担当している部署においても、生活保護の就労支援で、この地域就労支援の取り組みを学んでいこうというところもあるようです。また逆に、地域就労支援など絶対にいらないと頑なに拒否する区役所もあるとのことですが。しかし、お互いに信頼し合える関係を当事者と行政機関の間でどうつくるのかが大きな課題だと思います。信頼できるコミュニケーションづくりが基礎であると思います。
 最後に4人のパネリストの方々に本日の感想をふくめてごく簡潔にまとめのお話をいただきたいと思います。

豊かなコミュニケーション空間をつくる

 宮本 手話サークルをやっておられる職員の方から、どうしてこんなに配置転換するのかという話がありましたが、ようやくつながりかけてきたときに職員が変わってしまうのは、NPO側にとっても非常に深刻な悩みになっています。北欧諸国をみてもこんな配置転換はいたしません。そこで仕事を覚えて地域の人とつながったら、それは財産ですので、本人が申し立てないかぎり異動はありません。そうすることによってやり甲斐もでてくる。
 やり甲斐のもうひとつの鍵は、これもさきほどの方がおっしゃった責任の問題です。今日のこの会場のなかに、黒澤監督の「生きる」という映画をご覧になった方がどのくらいいらっしゃいますか。癌にかかった公務員が、人生の最期で、これまでのルーティンワークではなくて、何か最期に残したいということで児童公園をつくる、そして完成した公園のブランコに揺られながら死んでいくという話で、それはそれで非常に完成されたいい話だと思うのですが、私は「新作・生きる」みたいなちょっと意地悪な話をつくってみたくなるのですね。どういうものかといえば、最期に本当にこれまでになかった児童公園をつくりたい、子どもがめちゃめちゃ喜んでくれるような児童公園をつくりたい。そしてちょっとリスキーな遊具をつくるのです。たとえば、タイヤかなんかに飛び乗ってブーンとむこうへ行く遊具をつくって、それは大受けして子どもたちもいっぱい集まってくるし、ずいぶん地域を変えるのですが、子どもの1人が遊具で怪我をしてしまう。そうすると住民は烈火の如く怒って、これを考えた奴は誰だといいはじめる。その人は癌で死のうとしていたのにそれどころではなくなっちゃうみたいな、そういう映画を製作したらどうかと。つまり何がいいたいかといえば、結局いまの役割分担では、住民は自治体に対して本当にサポートしてほしいことをぶつけてこない代わりに、何か事が起きるとすべて役所のせいにしてしまう傾向があるがゆえに、本当に何か新しいことができないわけですよね。さきほどのあまりに安易な配置転換とそうした地域行政文化のようなものがあいまって、職員もつまらなくなっているし住民もニーズが満たせなくなっているという、この悪循環をどう変えていくのかという問題があると思うのです。とにかくコミュニケーションがなければ何もはじまらないし、いかに豊かなコミュニケーション空間をつくっていくのか。それがさきほどいった責任の押しつけ合いを乗り越え、地域の行政文化をお互いにとって面白くしていくきっかけであり、地域にセーフティネットをつくっていく基盤になるのだろうと思います。

支援団体をもっと活用し、行政は包括支援を

 住友 今日のシンポジウムに参加させていただいて元気がでました。この間ずっと「ほっとスペース事業」にかかわりながら思ってきたことですが、市職員の人や地元の市民、NPOの人たちと子どもたちのことで一緒に夢をみたいと思っていたところがあったのです。会館の条例廃止でいったん落ち込んだ気持ちが、今日ここに来ていろいろと話すなかで、あらためて湧いてきました。もう一度何かをやってみたいと思います。それとともに、これはずっと思い続けていることですが、私は、子どもたちが自分自身と身近にいる仲間や大人たちを信じられるような関係をつくりたいという思いがあるし、その信頼関係が身近な地域社会に満ち溢れているような関係をつくりたいという思いをずっと抱いてきました。その気持ちがあらためて湧いてきましたし、それがあればいましんどい状況に置かれても、自分の力と周りの人たちの力を合わせて、自分なりに生きていく道が描けるのではないか、そういう希望を描ける子たちを増やすことができるのではないか、地域も変わっていける展望が描けるのではないか。そのために自分はこれから何をすべきかをじっくり考えてみよう、そんな気持ちになりました。
 上野谷 大阪で育てていただきましたし、これからも老後を支えていただきたい。今日の参加者の8割方は私より若い人たちだと思いますので、ややこしい上野谷が最期までわがままをいって死んでいきますので、どうぞよろしくお願いします。
 ありむら 2点あります。1点目は生活保護の問題とかかわります。もちろん釜ヶ崎の問題を念頭にしているのですが、新しいセーフティネットづくりに現場の支援団体をもっと活用してほしいのです。野宿問題の場合、支援団体は野宿したときから支援していきますし、畳の上にあがって生活保護に入っても、当事者と豊かなつながりをもっているのですよね。ボランティア的精神で本当に頑張ってやっています。支援団体をケースワーカー的なものとして位置づけて、そこにお金も回す。支援団体を活用することによってものすごく状況が変わると思います。ものすごく効率的ですし、現状をかなり変えることができると思います。そのあたりの、地域住民や支援団体と一緒に仕事をやっていく点で大阪市行政は本当に下手です。そういうところをすごく感じます。
 2点目はマクロ的な話ですが、地域で一つひとつのニーズに向き合うということは逃げ道がないままずっと向き合っていくわけです。さきほど生野区のろうあ者の支援をされている方がおっしゃっていたようにずっとつながっているわけです。しかも、そこでは包括的にかかわっているわけです。だから地域は包括支援を行政に対して求めているのです。生活保護の部局であるとか公園の部局であるとかという縦割りでこられて、いくらそこに連絡調整係がありますからといっても、地域からみればすごく不満を感じます。ましてやそこに人事異動があったりしますから、何事やということになるわけです。お願いしたいのは包括支援の部局であってほしい。行政も包括的に対応してほしい。以上の2点です。
 福原 どうもありがとうございました。今日の話を皆さん方の職場や地域で話題にしていただき、セーフティネットの議論を深めていただければと思います。これでシンポジウムを終わりたいと思います。パネリストの皆さん、会場の皆さん、ご協力ありがとうございました。(拍手)

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