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宮本さんいま、何が起きているか

 ご紹介いただきました北海道大学の宮本です。創立45周年記念の、たいへんおめでたいシンポジウムにご招待いただき、ありがとうございます。45年といいますとたいへん長い歴史であると思います。45年前、高度成長がはじまった頃にはおそらく予想もしなかった事態が日本を襲っているのかもしれません。といいますのも、たとえば昨日の新聞報道によれば年収200万円以下の人たちが1000万人を超えました。正規職員並みに働いても貧しい、ワーキングプアと呼ばれる人たちです。ネットカフェ難民と呼ばれる若者たちも、厚生労働省の調査で5400人にのぼるといわれています。日本医師会は、介護難民と呼ばれるお年寄り、行き場のないお年寄りが2010年に4万人近くになるだろうと予測しています。
 この豊かな日本で、いま、一体何が起きているのか。それは地域間の格差と地域のなかでの階層間の格差が絡み合いながら進行しているということです。まずは所得格差。市町村に税金を納めている人たちの平均所得の格差が、1999年の3・4倍から04年には4・5倍に達しました。わが北海道の上砂川町では平均所得が211万円なのですが、東京の港区あたりに行くと850万円くらいになるわけです。たいへん大きな差です。これが都道府県の税収格差、交付税によって調整されているのですが、03年の2・9倍から05年には3・2倍という税収格差につながり、そして自治体におけるサービス格差につながっています。
 たとえば夕張市です。いまは自治体の財政破綻のシンボルのようになってしまいましたけれど、ここで3歳児未満の子どもを保育所に預けようとすると、4人家族の平均世帯で保育料は5万5000円を超えます。東京の世田谷区で同じ条件で子どもを預けようとすると、1万3000円ですみます。豊かな世田谷区ではその程度の負担ですみ、全国から頑張れのエールが届いている夕張市、そこでお母さんが子どもを預けて本当に頑張ろうとすると5万5000円以上とられるわけです。どうやって頑張ればいいのか。そして所得格差もあって悪循環が果てしなく続いていくわけですね。どうしてこんなふうになってしまったのかということです。
 日本はたしかにもともと福祉にはそう熱心な国ではありませんでした。「格差の拡大というのは、日本社会の高齢化が進んでいるからである。つまり高齢化が進むとお年寄りが1人で住む場合が多くなる。そういう世帯と平均世帯との格差は当然あるだろう。だから格差拡大は見かけ上のことである」という議論があって、日本の政府もそういう答弁をしてきました。しかし、ジニ係数の変化を世帯主の年齢階層別にみた、白波瀬佐和子さんのデータである図1をご覧いただきたいと思います。ジニ係数は0から1の間の数字で世帯間の格差をあらわしたもので数字が大きいほうが格差が大きいことになりますが、そのグラフをみると、お年寄りの世帯ではたしかに格差が大きいのですが、だんだん沈静化して格差が縮まってきています。それに対して、若い人たちの間で格差がどんどん拡がっていることがわかります。

拡大する格差

 いま、たとえば修学旅行に行けないなんていう子どもがいっぱいでてきているわけです。東京大学の佐藤学先生に話を聞くと、修学旅行に行けない子どもたちは「なんてことないや」と強がっていますが、仲間が修学旅行から帰ってきて思い出話に花を咲かせはじめると、軌を一にしてどこの学校でも荒れはじめるといいます。この豊かな日本で子どもたちがそんな思いをするとは思っていませんでしたが、その背後には子育て世帯における格差の増大というのがあるわけです。

日本型生活保障とは何であったか

 日本は社会保障にそう熱心ではありませんでした。にもかかわらずこれまで大きな格差のない社会だったのは、日本型生活保障とでもいうべきものがあったからです。狭い意味での社会保障にはあまりお金を使わなかったが、会社を潰さない仕組みがありました。大企業については国の護送船団方式の行政指導などによって潰さないようにしたうえで、それぞれの会社は長期的雇用慣行があり、滅多なことでは社員の首を切らなかったわけです。小さな会社では長期的雇用慣行はなかったけれども、たとえば土建業の場合は潤沢な公共事業予算をどんどんつぎ込んで仕事を与えてきた。商店なども大店法のような大きなお店から守ってくれる規制があって潰れなかった。大きな会社も小さな会社も潰さないで、そこでお父さんが頑張って稼いで、お母さんが介護や育児で頑張る、という仕組みでやってきたということです。

前・中盤の社会保障が薄い日本のグラフ

 社会保障は薄っぺらだったけれど、もちろん何もやらなかったわけではありません。図2は日本・ドイツ・スウェーデン・イギリスの社会保障支出の内訳を比較したものです。日本は支出の規模はもともと小さいけれども、それをぎゅっと100まで伸ばして他の国と比べてみたものです。ご覧になってわかるように、日本は圧倒的に「年金」でそれから「医療」です。「医療」も4割くらいが高齢者医療ですので、人生後半の社会保障にシフトしてきた。逆に人生前半の社会保障、現役世代の皆さんが仕事を失ったり病気になったり、何か大きなリスクに巻き込まれたときの社会保障というのは非常に薄っぺらだったわけです。「家族福祉」や「失業」などですね。とくに「住宅」はまったくわからないくらいです。どうしてそうなったのかといえば、人生前半は会社と家族が面倒をみてくれる。だから、社会保障が会社と家族が期限切れになる人生後半に集中する。こういう仕組みでやってきたわけです。ところがいま、大企業のサラリーマンだって自分は一生安泰である、リストラされることはないなんて信じている人は誰もいません。いつ首を切られるかわからないし、家族もリスクを吸収してくれるというよりも、子どもの引きこもりだとか不登校だとかいう話をよく聞きますが、むしろリスクの源になっているわけです。だから会社と家族に頼れば大丈夫という時代はとっくに終わっているのに、社会保障は人生後半しかみてくれない。現役世代のなかで、いったん病気になったとか失業したとかいう人は大きなダメージをうける。それを支えるセーフティネットもないということになっているわけです。
 自治体が何とかしなくちゃいけない。しかし皆さんよくお聞きになっているように、自治体にはお金がないという話になります。自治体にお金がないのは事実で、たいへんな債務を抱え込んでいるのも事実ですが、まずどうしてこうなったのかということを確認していくことは決して無駄ではないと思います。どうして自治体はこんなにお金がなくなったのか、借金を抱え込むようになったのかということです。ここではあまり詳しくは立ち入りませんが、要するにこういうことです。中曽根さんの時代、1980年代のはじめですが、彼は小泉さんと同じように、小さい政府、行革を進めるのだと宣言して、都市のサラリーマンの支持を得ようとしたわけです。今回の参議院選挙で1人区からの反乱が起きて民主党が圧勝しましたが、これは小泉さんがあまりにも地方に冷たくしたからです。中曽根さんの頃は、当然地方には冷たくできない時代でしたので、どうしたのか。都市のサラリーマンにうけるためには公共事業をあまりやるとまずい、しかし地方からの支持を得るためにはそれをやらないといけない。ではどうしたかというと、わかりにくい見えにくい方法でこれをやってしまう。どうやるかというと、一般会計の公共事業予算は減らすけれども、その代わりに自治体に借金をさせる。借金の元利償還は交付税で面倒をみるから借金しなさい。それでお金を集めて公共事業をやりなさい。借金を集めるにあたって自治体が発行した地方債はすべて財政投融資の還付資金などで面倒をみるよというやり方で、自治体の尻を叩いて借金をさせたわけです。
 小さな政府といっているから、一般会計上はどんどん減税をするわけです。詳しくは立ち入りませんが、たとえば法人税は80年代からかなりの勢いで下がってきている。所得税も下がってきている。所得税は90年には26兆円あったものが2004年には13兆円と半分になり、法人税は同じく18兆円あったものが9兆円、これも半分になっています。お金がないといいながら、どんどん減税をしてきたわけです。そして自治体の尻は叩いてばんばん借金をさせて公共事業をやってきた。その挙句がこの格差の拡がる現状になってきているわけです。この責任は何とかとってもらわなくてはいけない。昔のことは頬かぶりをして自治体に何とかせよということに対して、もちろん分権は非常に大切で、自分たちのことは自分たちで決めるという流れは継承しなくてはいけませんが、そのことと過去のいきさつのすべてを水に流していいということとは全然違う。これについてはどうしてこうなったのかということも踏まえて、自治体が財政危機を脱していく方法を考えなければならないと思います。

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